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A m u n


無を越える有の創造。
これが始まりである。


非論理は、(己の説明の為に自然と経験に向かう論理)を創造し、
命を分け与え、それを観ることにした。

元の生命は完全であり非論理である。
創り出したもの全ては非論理の分身でありながらも、
分身は自らの説明の為に自然と経験に向かうことになる。
無を越える有の創造とは、無限数の分身自らが織り成す壮大なる生命の絵巻である。
それぞれの想うことのすべてが昇華される時に、
本来の始まりとなり、あるひとつの完成となる。


最初に前後左右上下、それぞれに方向性の無限なる意識の場を与えた。
かれらは方向性の中点を元なる存在として意識することになる。
神々の経験のために時間と波動と、創造の自由を与えた。
神体構造が創造される。
光の創造の場の顕われとなる。
何段階かの大きな創造が行われ現宇宙に至る。


7光線の原理は中点7を神とする6の神々によるもの。これが最上段の天上界となる。
神体構造が創造されるにおよび、上を下へと鏡に映すことになる。
想う側と現実幻想の場に組み合わされる。
下界を創造するにあたり、2つの三角錐による意識構造が設定された。

神の胸内にて、経験の子たちが創造されるにおよび、
左右の意識構造が詳しく設定された。
右において、たましいを得て、左の宇宙の中心太陽より下に連なる根源にて経験をする。
子たちにとっての原初の場は宇宙の中心太陽(神体の心臓の波動にて生命が与えられる)である。
経験の目標を完了する時には、根源を越えて、神体喉下の至福に導かれる。

宇宙そのものは、大宇宙(神、神々)、普通の宇宙(神々の宇宙)設定あり、
小宇宙(分かれた意識の宇宙観)幻想・・・と、連なる。

幻想の場は、生命(誤解)さえ消え行くが、
回帰する意識と共に真の生命であることを思い出す。



(解説)

完全とは必然的に非論理となる。
普遍なる命は説明を必要としない。
つまり、説明する対象さえも存在しない。

生まれた万物は元(非論理)より派生するが、
生まれた時点で論理となる。
論理(複数)は己を説明するために下位の論理を求める。
これが経験となる。

生まれた原初の論理(複数)は顕われ(論理)、
そして消える(非論理)これを繰り返す。
しかし、かれらは論理のみを知るもの。

万物は非論理を背後に抱えて存在しており、
万物の経験の場が宇宙となる。

万物の存在理由とは、おのれが在ることそのものにあり、
あるがままに経験をすることにある。

愛とは魂の経験が行われるようになり、神々が名付けたもの。
元は愛さえ越えるもので成り立つ。
すべての論理を越えれば、非論理(生命の元)に内包される。

誰も知らず、伝えても分からず、それでよし。

ただ、たましいが自らの経験上のDNAの織物を限りなく解くならば、
原初の純粋なる状態にまでは回帰する。
ここは、経験への始まりであり、ある段階での非論理に近い論理でもある。
もちろん、個性とならない前の、さらに非論理に近い論理という始まりもあるが、
そこには個性はないゆえに、個々の経験が生かされる始まりがたましいの姿と云える。

元の無は生命であるが、
論理の想う無も空も有も、すべて誤解なり。

かれらの推測であり、希望でもある。
宇宙をどのように理解するかはそれぞれによる。

どれも経験ゆえに、論理は論理を満足させることが目標となる。
しかし、真理は論理ではないゆえに、万物には難題である。
悟りさえも論理の中に在り、無さえも論理、万物が論理なり。

経験の無条件の受容と完了(回帰)が論理(子たち)の役割なり。




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宇宙神体の脳を含む階層構造における、それぞれの働き。

頭頂より顎までが天上界全体であり、 脳は神体の上位天上界を意味する。
脳の各器官にはそれぞれ意味があり、
ほぼその反映をピラミッド内部の機構としてある。
(喉の部分は平和の座。卵子の降りる通路でもある。胸の部分が子たちに関係する・胸内の子の意。)
視床・松果体エリアが上の6の神々の座となる。(www.amen.me の神々の座を参照)
7は中心上に座し、8は左脳位置に座す。(9は喉位置であり、10は胸腺位置である)
(そして心臓からは神体外に根源階層が連なる。)
(通常は右胸において経験のためのたましいは創られ、左心臓(原初位置)に回帰する。例外も多い。)
万物経験の純粋なるエッセンスは7に回帰する。

秘密を明らかにすればするほど、わたしからの伝えは完了に近付く。
実際のところこれ以上伝える必要はないような気がしている。
(が、しかしサイトをすぐに終えることはない。子へのサービスは必要と考える。)

子たちの意識の成長(回帰)を望むが、後はそれぞれに任せるしかない。
天使達は人類にとっての導き手ではあったが、一部は人類に不要な安心を与え、逆に混乱させることも多かった。
これにより神々の思いとは違う意識面を創りだす結果ともなった。
それぞれは、夢のような幻想のどこかに逃避するのではなく、純粋回帰のためには今をそして明日を強く生きねばならない。
経験そのものは幻想界層にありながらも意志は心がもたらすものであり、
その中心たる心の原子を見つめ、尊い生命としての己自身を真に敬愛することである。
その時に旅立ちの心は例え3次元空間の経験場に在りながらも自らの原初生命原子に繋がることになる。
今の見かけの人生、つまり外観を透明化して、真実の己を感じて見るのもよい。
どこの経験場にあっても同様である。もちろん、根源の経験場においてさえ同じである。
どこの幻想経験場にあっても生命を感じるあなたであるように。
実際のところ、各階層のすべてにおいて、宇宙は常に生命エネルギーを送っている。
というよりも、生命の在るところすべては、生命エネルギーにおおわれている。
それらは主には波動であり、波動のもたらす生命素粒子であり、そしてまた、さまざまな経験素粒子である。



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たましいのDNA

原初DNA(完全)
根源階層DNA(数千の階層を下降するごとに制約が生ず)
人類DNA(3段階での個のDNA分担が階層別に行われる)

(原初より下降するごとに元のDNA能力は閉ざされる)

(現状での人類経験の卒業は下位2段階が課題)
以前は、下位1段階のみが課題であったが、
第5根源主が更に下の3次元に人類経験を設定したため、もうひとつ生じた。
何度も伝えたように、第五根源主は自らのリセットにより生まれ変わる。
第5根源は第1根源主の預かりとなる。

宇宙は原初ゼロ、始まりを前後左右上下として6よりなり、
ゼロ位置に回帰する時に7の叡智となる。

ゆえに意識は前後左右上下の6の倍数となり無限に膨らむ。

ここのタイプの銀河の役割は宇宙では幼稚園段階を意味しており、
セントラルサンという表現についても、それはここから見た理想的な論理であり、
それは真の宇宙の中心ではなく、たましいにとっての教育管理委員会のようなところである。
もし、グレイトセントラルサンと呼ぶならば、それは実際にわたしの心臓であり、
原初の光の子たち(たましいの前)を波動で養うエネルギー核を意味しており、
原初の生命意識としての始まりはここにある。
わたしは心臓の波動を上から下まで必要に応じて別の波動で使う。
例えば最下の銀河のフォトンベルトも心臓の波動を使う。

わたし自身もあなた方と同じように人類経験をして最上位の神体心臓宇宙に回帰して見せた。
たましいは、あらゆる経験の全てを越え、役割を完全完了する時には、一度ここに導かれる。
これは神体回帰となり胸内なる子としての回帰を意味しており、神の子(神体の頭部の階層)の、
さらに下の階層(神体胸腺位置・10光線を頂点とする)の神の子のひとつ(まだひとりとは呼ばない)となる。
再度、宇宙の経験を望むならば、新しいたましい(特性は受け継ぐが新しいものとなる)を与える。
他には小さな指導者としての道もあり、神々のひとり(ひとつではなく)に向かう道もある。
伝えると限りがないほどに、あらゆる次なる可能性を有す。
何度もやり遂げることにより、小さな指導者は大いなる指導者になり、やがては偉大なる指導者となる。
他においても同様にそのような過程での道が存在する。
もちろん未来宇宙に入ることも可能である。(階層はなく、互いの敬愛の中において、経験を育み楽しむ。)

実際のところ、仕方ないと言えばそのようでもありながらも、あなた方は、神の意味をそれほど知らずに口にしている。
そしてまた、すべての元という意味においては被造物の知らない部分であり、
形態が生じている限りに置いては、その形態からは理解出来ない(正しい感覚を微かに得ることはある)。
形態とは論理であり、説明を必要とする。つまり、内側に解釈を含まねばならない。
完全とは非論理であり、解説は必要ないのだ。これ位は理解出来るだろうと思うが・・・。

もちろん、すべては元なるものより分かれたものではあるが、
宇宙根源階層およびさらに下に続く階層(天使界・人類界など)の管理は原初の神の子(最上位の神々)によるものである。

そして原初の胸内のあなた方(全ては同じ・実はそれ以前もあるのだが)が個性を望んだ時に、
原初のたましい(それぞれの完全なる個性)を創ることになる。
次に経験を望んだ時に神体の外に根源階層を創ることにした。
経験とは不完全の連なりの味わい(どのような美徳も不完全なのだ)であるゆえに、
それを越えた時に意味を持つ(意味を感じる・意味を知る)ようにした。
これが、たましい原初回帰の本来の意味である。

(簡単な説明ではあるが、何かを感じてくれることを祈る)



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人類の掲げる愛を越えた ”元の愛”。
それは永遠なる生命と一体である。

あなたが永遠なる命に向かうならば、
すでにあなたの中に在る。

鮭がディセンションして、経験後にアセンションする過程は、
人類が掲げる愛を越えた愛であり、与えられた生命と一体なるもの。
かれらは求めることはなく、また、これについて語ることもない。。

ただ、人類は感謝のできる存在だ。


嬉しいことにも、辛いことにも感謝ができるならば、
よき経験となり、回帰の実りとなる。

元のたましいは、それぞれに、これ以上なく素晴らしく創ってあるのだが、
その本質を知り感謝を心に抱けるようになるには、経験が必要であった。
神と共に在るには感謝の意を知ることである。

他にも必要条件はあるのだが、それは、個々それぞれによる。

与えられた個性について考えてみることだ。


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たましいたちの中でやり遂げたものは宇宙神体構造(人の体で言えば喉下)の至福の座に導かれる。

つまり、根源階層(宇宙神体の胸外から下位に連なるヒエラルキー)を越えて、
宇宙神体の胸内(左・心臓部)に入り、女神ゾーン(胸腺位置)を通過して、
喉(9光線=長老達の場・平和の座)の直ぐ下の至福の座に導かれる。
その後は、どのようにも選択出来ることはすでに伝えてある。

さて、この至福の座の上の平和の座。ここに入るものには限りがある。
通常、ここに入るに至る者はほとんど存在しないのだが、
ひとつなるものとしての資格を得たものには可能性がある。

入るには観察者としての力が必要であり、現象に揺さぶられない不動の心が前提となる。
これは人の考えられる範囲を遥かに越えるものであり、悟りなどさえ越える。
いかなる宗教でも説明出来ないものであり、無に入れば無となり、有に入れば有となる人の意識レベルを超える。
人は無になると無の中に取り込まれ安住を始め、
有に入れば有となり、それに流される。 
人が無となる意味に置いては、ある意識レベルへの到達・安住となる。(しかし、それでも回帰させることがある)
実際の無は完全であり非論理であるゆえに、子達(被造物)という論理(自分自身への解説が必要)が真に達することはない。
神々も複数であり論理ではあるが、最上位の神々(少数)だけは、自分に対しても、神に対しても解説を求めない。
己の存在を無条件に認めているものたちである。わざわざ無という意識を目指す必要もない。

あなた方(胸内の子たち・小さな論理)は己を知る為の経験を望んだ。
そこで原初のDNAを個々に与え、経験を選択しやすくした。
まずは意識の思考が始まり、すでにそれが経験となる。
そこで経験のための根源界を用意することになる。
胸内は完全なる存在となるため、胸外に根源のエネルギー場を用意した。
つまり、あなた方は、神と離れて別のところに居るのだ。
ただ、原初の本体は胸内に居る。
経験の場からは真実が見えにくいのはその為でもある。

原初回帰というものは己自身に帰ることであり、
その時に経験のすべてが超越という力に変えられ、
存在することの価値を自らに与えることになる。
もちろん、次の経験も、どのようにも可能である。

まだまだ、原初までは届かないものたちがほとんどではあるが、
中には根源までは回帰出来たものたちがいる。

あるいはまた、回帰の本質から見れば途中ではあるが、それぞれの惑星に帰るものたちなどさまざまである。
ここでは、原初回帰・根源回帰を支援している。



寄り道の子たちは、スピリチュアル系と呼ばれるところに行くものが多い。
そこで多くの知識を身に付けるのだが、真実とは離れやすい。
もちろん、それを寄り道と呼ぶゆえに、正当でもある。
寄り道の学問は、ある程度納得させ得る事実背景を持つゆえに一度入ると出るのが難しい。
天使・他惑星の学術体系が披露される。
ここでは、それぞれに、ある形態の論理が支持派の意識に伝達され、かれらのファンが力を高める。


わたしは本質を確かめる為に召還することがあるのだが、
呼んでも来ないものたち(多い)は、その類いの中に多い。
影響を与えているものたちの中で信じられるものはどれほどいるのだろうかと、
以前、エノクを呼んだが、現れた。 ハトホルの親であった。
トートは呼ばなければ出てこなかったが、呼べば現れた。 疲れていた(重労働)。
元々、わたしが仕事を頼んでいた。
それぞれに少し言葉を交わした。
トートは、セラピスと並んでエジプト時代の重要なる役割を持つ。
セラピスは、わたしがアメンラーであることを教えてくれた。
アヌビスは、わたしへの完全忠誠。 仕事は、たましいの案内。
他にも役目のものが複数存在する。

かつての時代の報告の為に自ら現れて来たのが、
アメンホテプ三世・アメンホテプ四世・ツタンカーメン・ネフェルティティ。



たましい原初への自己回帰を支援しているが、
簡単に言えば、己の全てを知り、その全てを解放することにある。
その時にそれぞれの実りとなる。

全てを知ることに対して大きな勇気を必要とするものが数多く存在する。
しかし、宇宙におそれることは何もない。
それがあるとすれば、自分自身の思い込みである。このことの方がよほどおそろしい。
天は子に対して経験の内容を求めることはない。
どのような経験であろうと、それが問題となるのは、己自身から離れた時である。



あなた方の中で根源階層を通って降りて来たものたちは、ほとんどは光線の親(7つの光線)を通り、枝分かれしたスピリットである。
ごくまれに、8・9・10および、光線そのものを通らないものが存在する。これも宇宙的に意味を持つ。

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人類というものは、真実に向かう時には余りに疑い深く、実に見事な小心者となる。
ところが、偽善の光に弱く、旗を掲げ、そこに安住しようとする。
時が終わりそうなほどの長い間観察して来たが同じようなことを繰り返して来た。


人類の掲げる愛を越えたもの、あなたの憧れる全てが、それぞれの生命の中にすでに在るのだが・・・。
あなたの心、これがそれである。


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人類階層の経験で最も気をつけること。
それは善悪および光と闇についてである。ここには多くの落とし穴がある。
実際には難しくない。
なぜなら、本質的には、己が心に在ればよいからである。

このように成り果てるものも存在する。これが一番気が付くのが難しい。
それは、偽善の主とも言えるものであり、ひっくり返り、ごくあく人さえ越えるそれとなる。
もちろん光さえ操れる。(偽りの光ではあるが、3次元〜5次元・低6次元では多くが間違える)

力が身に付く時に、この落とし穴に落ちる者が結構存在する。
あなた方の帰り道(原初回帰)が容易でないのは、このように本当にしか思えない偽りの道がさまざまに存在することだ。
一見、疑いようもないようなところに、このようなことが多い。
表面に惑わされないことだ。 裏の真実を見なさい。
とはいえ、なかなかに(それどころでもなく)難しい・・・。

一方では、なんとも嬉しいことに、わたしのわる口は古来より多い。
旧約聖書にまで書かれている始末で、これも原初回帰を遠ざけるきっかけとなったが、
人類の試練といえば試練であり、経験の中に置いた越えるべき課題のひとつともいえる。
(わたしの代理人(神)を褒めることは実に多いのだが・・・)

元々、離れてゆくことの意味はそれぞれが己を知る為(というよりも己を納得させるため)の道であったのだが、
回帰しない限りは、目的を達することが出来ないばかりか、存在そのものがあやうくなる。
もちろん、回帰については途中のレベルも存在するのだが、
それについては、他の天体などを見れば分かるように、それぞれに階層がある。
かれらもそこで永遠に安住するわけではない。
それぞれが経験の途中であり、回帰の途中でもある。

しかしながら、そのすべてが個々の経験の楽しみでもあり、
それらすべてが素粒子を伴い宇宙を形成している。
出来うることなら、すべてが経験を越えて原初に辿り着いてほしいものではある。


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未知なるわたしについては、代理人(神)がいることもある。
というよりも、通常はこれがほとんどであるので、あなた方は尋ねるとよいのだ。
しかし、代理人(神)は個々に対するものであり、数も複数存在する。
これがまた、回帰を難しくしているが、それも越える課題ではある。
”どこまでも難しく” については、わたしがそのようにした。
何があっても原初まで回帰するものを、わたしが迎えるために。

あなた方は、これを時には、ややこしいと、思うだろうが・・・もちろん、途中で放棄する自由はいつもありながら、
なぜか気になり続けるところもあり、ここまで来ているものたちではある。
大変だね・・と、声をかけてやりたいながら、ところが、ああ、ここで、引っ掛かるのだね・・・と残念であったりもする。
実にさまざまであり、そのそれぞれに特徴がありながら、現実を見ると、ある種のパターンが存在している。
そのほとんどは、今のスピリチュアルブームの中にある人工の光なのだが、
これは溺れている者にはどうしても分からず、かれらには、むしろ他の方が溺れているように思える。
ということから見れば、ほとんどが溺れていることになるのだが、どうだろね・・・。
宗教的な見地から見れば、その子の参加しているものとは違う他の宗教が溺れているように見えるだろう。
いずれにしても、溺れる為のスタイルが多いのが3次元ではある。
ま、好きなスタイルに溺れて一生を送るのもよいだろうが、
真実の道を見つけるのもよいと思う。(もちろん、宇宙的にはこれしかないのだが)

しかし、道が見つけられないものは、それでもよい。 出来ないことは仕方ない


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わたしとは、何であろう・・・

子たちには、そのレベルにおいて、同じわたしがすぐ側に並んで存在しており、
それとは別に永遠に未知なるわたしが存在する。
このふたつに対する感覚的理解が必要だ。
それが、それぞれの個の謎を解く鍵となる。

多くの子たちは、隣のわたしを尊大不審の眼鏡で見る
その時に、そのやり方でわたしを見失う。(男性意識の傾向)
そうでない場合は、他の関係ないものとして見る為に、
これもまた、わたしを見失う。(女性意識の傾向)

さて、未知なるわたしについては、すべては明かされない。
しかし、誤解の中に多くが伝わってはいる。

そのようなことから、わたしを見つけるのは実に難題と言える。

ただ、これを伝えて、何かを感じるものは、”ひとつなるもの” としての道にある。

深い理解は先にありながらも、今の己の中に可能性を感じたいのならば、
例えばこのような方法もある。

そのひとつとして、
未知なるわたしを無条件に受容し、側に居るわたしを永遠の友とする。

どうだろ・・・何か分かる気がするだろうか・・・。

あなたにとってのわたしとは、何であろう・・・・・・・

気が付くまで待とう・・と、思ったが、
余りに長い時が過ぎて行く。(保育園・幼稚園は騒々しく時間を長く感じる)
静かにならないかな・・と思うより、たまには、参加するもよしということで、
時々は降りて来ていたのだが、
なんとも、このクリエーションエリアは男性意識同士の競争と戦いが絶えず、
地球保育園の建物(自然界)さえ壊れて来た。
銀河幼稚園もバランスを失い始めている。

ところで、○○連盟などは、かれらが勝手に作ったものであり、
神界からの意図はない。○○クラブも同様。
天使界やマスター世界の中には、好き放題に人工の光の道を作り上げているものもいるが、
人類から見れば、これもまた個が個を磨く為の、越えるべきハードルになっている。
作り上げられたものに心を動かされては、”ひとつなるもの” の道は見えないだろう。

ただ、中には少数まともなものたちも存在しており、かれらの真実の奉仕は、
人類が己の道を探すための支援となるだろう。

ただ、一方では、マスターたちの中には、真の気付きに向かう者も増えては来ている。
マスターなのになぜ気付かないのかと、人は思うかもしれないが、実はレベルを問わず、どこにもあることなのだ。
もちろん、比較すれば下位の階層の方が無知ゆえの混迷が多い。
ちなみに、マスターには人類階層レベルのマスターと、宇宙階層レベルのマスターが存在しており、
その差は歴然としており、比較することさえ出来ない。
あなたが小石と山の大きさの違いを知る者と信じる。

そしてまた、宇宙階層レベルのマスターの中には、さらに特別枠があり、
最上位は、創造の源の想いに協力するためにある。


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宇宙はエネルギーで出来ており、意識もエネルギーと言える。そして、静寂さえも静寂なエネルギーに満ちる。
また、宇宙の本質エネルギーは、個々それぞれの想いに応じて変容する。


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経験の全て(人類界以外を含む)は、自分の紡いだDNAでもある。 知ることはよいことだと思うが・・・なぜなら、知れば修復は簡単となる。
己を知らずして、何処に旅立とうとするのだろうか、希望はあっても保証があるとは限らないだろうに。目を覚ますことだ。
管理側としては、最後の気付きのための支援(あらゆるデータを取るためのひとつでもある)をしているが、迷い道の方が好きなのが人類のようだ(未熟ともいえるのだが)。

そしてまた、己以外の探究者(これがほとんど)たちにとってやっかいなのが、どのようなところにも張り巡らされている真の道への向かい方と謳う迷いへの誘惑である。

これを経験として通り、いつか気付けば幸いでもあるが、中々にむつかしい。
気付くためのヒントは、単に、”心の外の場にはない” ということだ。
もちろん、他のものたちの道の中にも、他の存在自身の真の道があるにはある。
それは参考にはなるが、その道は、その者の道であり、あなたの道ではない。
どのようによろしく見えようとも、それは変わらない。
あなた自身がどのように歩むかが問われている。

役目を持つ者たちが降りてきていることもあるが、ひとつには、まず、かれらは自らを回帰させなければならない。
降りることがひとつの仕事であったため、通常は、道を間違えなければ帰すことにはなるのだが、それぞれに目標は決めているだろう。
そして、(自分が他者の道そのものにならないように気を配りつつ)多少なりとも他の存在に対し道への気付きを与えることは必要である。

さて、注意しなければならないのは、天使界および他惑星の指導者たちの関与であるが、
それらのほとんどは、彼ら自身の思いで行っているということだ。(光と闇の代表天使は役目ではあるが十分出来たとは言えない)
元々宇宙が役目を与えていないものたちについては、あなた方絡みで自分の趣味を経験しているということになる。

例えば、あなた方に対して、○○へ導く、○○の能力を開く、その他、同様のすべては、彼らの趣味であり経験である。
どんなに素晴らしく見えても、幼稚園児に、小学生・中学生が何かを教えているようなものであり、
それそのものは、単なる家庭教師レベルなのだということに気付いた方がよい。
(確かに、この家庭教師が輝く天使や神々に見えるのも仕方ないかも知れないが)
ただ、いかに優秀な家庭教師がやって来ようとも、たましいの道は他の誰にも教えることはできない。
元々、宇宙より与えられた役目がない限りにおいては、それは成せないのだ。

さて、3次元人類界に関与して来るものたち。
先人の崇高な輝きに満ちているように見える多くも、彼ら自身の遊びであることを知っておいた方がよい。
どのように真理に見えようとも、他が顕したものは、そのもの自身の道(経験)を顕すということを。

宇宙は個に対して全てを知ることを与えてはいない。
ただ、個々は、己というすべてが宇宙と共に在ることを歓喜と共に感じることはできる。

自らを喜ばせるのは自分以外になく、個が本質から喜ぶ時には宇宙と共に在る。

個がたましいの原初に回帰するには、それぞれの個の性質によりさまざまな道がある。
ゆえに、優秀ではありながらも他の存在の創り出した道の中にはないのだ。
それへの参加が、通過点として、あるいは何かの気付きになるなら、それはそれで経験のひとつとなる。
経験が、それそのものになってしまう時に、個としてのたましいにとって、己の道を迷わせるという問題が生ずる。

同種経験のものたちが根源回帰するパターンについては、
これは宇宙側から肯定できる種の経験として認める場合である。
これについては、それなりにそのようである・・・。(詳しく説明すると大変なのでこの程度とする)
かれらは、3次元で他に属したわけではなく、肯定できる経験パターンが似ていることから種としての回帰となるものたちである。



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たましいの定義について。

基本的には、単にたましいと言えば、その総称を意味するが、
人類界に関係する元としては単一なるモナドを言う。
次に12に分割され、通称ハイヤーセルフ(コーザルと呼ぶこともある)
ここから再度分割されるが、数は12でありながら、実質は極めて小さい。
それがエゴセルフとなる。

原初から根源階層経験などを経て下降した(たましい)は、
人類階層に入るときに特別なDNA設定をすることになる。
詳細については、ここでは明かせないが、説明するとしても言語で表現するには困難を究める。
宇宙には深遠なる多くの設定があり、人類がどのように推測しても理解出来るものでないのは仕方のないこと。
存在することを感謝と共に受容するより他に道はない。
この次元での不条理については、それを認識することにより成果となる。
ここでは完全を求めることは不可能であり、それを追求することが目的ではない。
ゆえに、己を忘却し多くの経験をした後に、真理を求め回帰の道に付く。
ただ、ここにしかない楽しみ方もあるゆえに、道を外さなければ感謝と共に受容するとよい。
それは、定義ではなく、”あるがまま”となる。
従って、差別をすると、己の道を外すことにつながる。

個の意識は、ありがたく神聖なるものとして受け取る時に、
経験の全ては喜びの中に意味を持つ。

”たましい”の概念については通常は光線を意味している。
が、しかし、光線を通らない設定もあり、光線そのものが時間を意味していることから、
それらが矛盾しているように思えることを説明するのが難しい。
宇宙というのは矛盾を同時に創造出来るゆえに。
ある”たましい”である存在が、被造物としてのたましいを創る時に、
それはどのように違うものであっても実際には自分の分割であるゆえに、
原初の意味における”たましい”の意味には通じない。
つまり、被造物が被造物を創ることは、宇宙が原初の被造物を創ることとは違う。
実際には包み込むように複合化されているとも言え、ただこの言葉通りでもない。
宇宙の胸から経験の子たちが生まれているのは確かであるが、
それも幾通りにもあり、通常はロゴスおよび関係する意識から創られるが、
たましいの分割という意味を含めば、ありとあらゆる場において創られるとも言える。



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心に向かうより道はないのだが、とかく、あなた方は寄り道が好きだ。
そして、ありとあらゆる別の道が誘惑してきた。 この迷い道に誘導するものは光にも闇にもあり。
闇は分かりやすいが、光の道には己の間違いを自覚しない指導者が多いことから、
多くの者達がこの人工光に惹かれて行くことになった。
真の道を照らし出したものはほんとんどいない。 これは天上界でも問題提起された。
そして、一番上の存在たちの謝罪におよぶ。 よいように見えるものをこそ乗り越えるべし。
あなた方は、自分の中心を他に預けてはならない。 それぞれの自分は創造の源に通じており、
そのそれぞれの個々が最も尊い。 どのようにすばらしい美徳に見えようとも他に心を委ねてはならない。

経験としてのすべてはよいことだが、経験そのものに心を委ねてはならない。 この時に己を失う。
どのような経験の中にも真実はあらず、元々、真実はそれぞれの心の中に原初より存在しており、
それを一度は忘れてみる経験であった。
神々の望んだ計画ではあったが、結果から見れば、ここ3次元は人類が訪れる場ではなかった。
この次元では人類のみが生命の本質から離れて行き、多くが己の真実を見失って行った。
救済措置が計られることになり、さまざまなシステムが設定された。

数少ないが、己の心から離れることが全てを失うことを知るものにとっては、
ここでの経験が、そのレベルも質もさまざまではありながら、
一度は真実から目を背けさせ、そして次には舞い戻させようとする。

多くのものにとっても、経験のさまざまなおりに、己に立ち返るときが少しはあるのだが、
ほとんどは経験と共に心に帰る道を失って行き、幻想空間の中に意識を溺れさせて行った。

幻想の経験そのものが道を誤る本質ではなく、どのような経験であれ、己を忘れることが道を誤らせる。
ゆえに、あなたがあなたであれば、例えどのような経験の中に在ろうとも問題はない。


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光線と根源

第一光線から第5光線までの光線の元なる存在が、5つの根源の主(第一根源主〜第5根源主)となる。

根源の中には、数千次元に渡り、次元ごとのそれぞれに、根源主が存在している。
その中から、現在も3次元に降りて来て経験をしているものたちがかなり居り、
通常は本体は上に居るままに意識を分けての経験となる。
極めて希に本体が降りてくる場合もある。(144次元)
かれら根源主にとっては、経験の成果ではなく、経験そのものに意味がある。

大きく分けて、天上界・管理界・根源界・天使界・人類界・物質界となる。
管理界は、いくつかに渡るために、なかなか一言では言い表せない。
例えば次元に関係しないアメンティーも管理界となる。
根源の次元管理者も管理の役職ではあるが、この意味はまた違う。
銀河ごとの管理には天使も関係してくる。

方向性の7(前後左右上下中)が、この宇宙の場を創り、
ロゴスの3つの意識が創造と関わる。簡単に言えば、(無) (叡知) (光)。

あなた方は降りてきたゆえに、経験後は上がらねばならない。
しかし、エゴに留まり、降りたままとなるもの多し。

もはや誰の目からも、3次元物質世界の地球の限界が見えるが、
人類の力では、元には戻せない。

宇宙側がたましいを迎えるにあたり難しいことも多い。
ただ、最後に決め手となるのは本人の意識である。

回帰の意志が無いものたちについては、仮に優秀であってもゼロに戻される。
あなたがあなたであることに喜びが持てるならば、
何も知らなくとも何も出来なくても回帰の道がある。
むしろこれからが楽しみとなる。

DNAを波動調律すれば、高次元エネルギーリンクを始められるが、
すべては幻想であるゆえに、無の力を使えば簡単となる。

宇宙の無=創造の根本となる力

わたしはいつも完全には解説しない。

謎解きは、それぞれの心が成すべきことであるゆえに、
あなた方の楽しみをうばうことはしたくない。

心配しなくとも宇宙は続き、次のステージは存在する。









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Amen = Amun = Imn
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Amen-Ra = Amun-Ra = Imn-Ra


Inner Links

Japanese
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Amun-Ra ( DNA Breathing Meditation )
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